top of page

お知らせ/新着情報
検索


後編】世代を超えて地域を愛する人たちが集まる山田地区、そして夏まつりへの想い
いよいよ開催場所が決まり、ついに庄内緑地で夏まつりを開催することになりましたが、北区出身の秋山さんにとっては初めての場所。秋山さんから見た庄内緑地・山田地区の人たちは、どのような印象なんでしょうか? 秋山さん: 地元愛がある人がすごく多いと思います。 愛があって、夢があって、それを実現するために、山田地区の皆さんは「じゃあ、どうしたらできるか?」を考えて実践されているんですよね。 今回も、開催のハードルが高かった夏まつりの企画を「どうしたらうまくいくか?」って、皆さん知恵を出してくれるんですよね。 稲葉さん: 私も、最初に花火大会の話を聞いたときは「やりたい!」と思いましたけど、周囲から反対の声が上がれば、この話を受けるかどうかは考えました。 でも、それよりもまず「庄内緑地で花火が上がるらしいよ」と話が広がっていって。みんなが盛り上がってきたところに、「実はうちの学区で運営をやろうと・・・」という話をしたんですよね(笑)。でも、そこは地区の皆さんが、どうやって開催しようかと、一緒に動いてくれたんですよね。 「じゃあどうしたら開催できるか?」を地域

実行委員会 庄内緑地夏まつり
2018年6月2日


中編】狼煙(のろし)を上げ続けることで、行き着いた庄内緑地という場所
2005年に矢田川花火大会が中止になってから、秋山さんはどうにか花火大会を開催したいと模索します。 秋山さん: 矢田川花火が中止になった時は、実は正直なんとも思わなかったんです。 でも、中止になった翌年から、毎年夏の時期になると「今年は復活するらしいよ」とガセネタが流れてきては「やっぱりないね」っていうのを繰り返して。 そこで、「みんな楽しみにしているのに、復活しないんだろう?」という疑問が湧いてきました。そんな中、偶然見に行ったのが、とある地方で行われていた町内会の花火大会でした。 町内会で花火大会ができるなら、自分たちにも何かできるかもしれない。そんな実感が湧きました。ちょうどその頃、地元の方が花火大会復活の取り組みをされていたのを知って、そこに参加してみたんです。 秋山さん: 活動している人数も少なかったから、急に「夏に矢田川花火復活!」というのは難しくて。最初はクリスマスの時期に小規模な花火大会を行いました。一度やってみて、この規模ならクリスマスにできる、と実感しました。 狼煙(のろし)を上げ続けることが大事だと思っていたので、翌年も、そ

実行委員会 庄内緑地夏まつり
2018年6月1日


前編】北区と西区、違う場所から矢田川花火を見て育った2人
稲葉さんと秋山さんは、ご出身がそれぞれ名古屋市西区、北区で、生まれも育ちも違います。そんなお2人は、どんなきっかけで出会い、今回一緒に実行委員のメンバーとなったのでしょうか。 稲葉さん: 私は、生まれも育ちもこの西区の山田地区なんですが、社会人になってから転勤で長く離れていて、名古屋に戻ってきたのは50歳になる前くらい。戻ってきてからも、特に地域の活動に関わることはありませんでした。定年退職した後に、自治会の会計という仕事に関わるようになって、そのご縁で、一昨年から自治会長をしています。 秋山さん: 私は北区生まれで、生まれた頃から地元で開催された矢田川花火を見て育ってきました。学校を卒業して、家業を継いで仕事をしていた2005年の夏、矢田川花火が一旦休止ということになりました。「きっとまたすぐ復活するだろう」。漠然とそんなふうに思っていたのですが、2006年になっても、2007年になっても復活しない。「このままでは完全になくなってしまう」という危機感を感じましたね。そこから、自分たちで花火大会を復活させる活動を始めました。 そんな、生まれた土地

実行委員会 庄内緑地夏まつり
2018年5月31日
bottom of page
